119793 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

くろすけ雑記帳

くろすけ雑記帳

ちび太誕生!ドキドキのVBAC!

 くろが本格的にお腹が痛い、と思い始めてそしてちび太が出てくるまで結局三日くらいかかっていた、そんなちび太出産の巻。

 
 28日、おしるしキター!!と喜んでいたものの、痛みの感覚はなかなか縮まらないままに時間は過ぎていった。10~15分間隔になって半日以上。夜になって10分ごとになっていた。VBAC予定なので少し早めに病棟に電話してね、と助産婦が言っていたのでいそいそと病院に電話してみる。これで病棟行ってプールが空いていたらいいなぁ、と思っていたのだけど「まだ早いわねー、5分毎になったらまた電話頂戴」とばっさり。

 …5分って短くないかい? ああ、でもやっぱりイギリス的対応だった。なーにが少し早めに、だ。「検診のときVBACだし早めにって言われたけど?」って言ったけど「ベッド空いてないし」って。
 そして、このときは「うーん10分間隔くらいだったら、自分で運転して病院にいけそうかも?」なんて思っていたのだ。痛みが来る時はくおーっ…となるものの、波が過ぎればほっと一息、その隙に…と。
 その後、波が来るのを期待していたのに、間隔が縮まることはなくダメだこりゃ…とばかりにベッドに入ってしまった。


 29日、結局ベッドに入ったあと朝までグーグー寝れてしまう。陣痛、来ないじゃん?アレレ?と思っていたら起きたらやはり十分間隔のままで痛みは来る。でも時々「はい休憩よー」とばかりに二・三時間痛みが全く来ない時があり、一体いつ、どうなるんだ?と結構悶々とし始めるくろ。結構きゅーん、とするから痛みがくるとつらいんだもの。くるならきてくれー!!と言う気分。

 外に出るのは何かあったら、嫌だしなぁ…とちび助を押し棒付き三輪車にのせてぐるぐる廊下歩いてみたり、フラットの中の階段上り下りしてみるものの、お腹がすぐに張って苦しくなってしまう。結局痛みは強くなってきているものの、まだまだ…とまたベッドに入るくろ。



 30日。朝五時くらいに痛みで目覚めた。痛みは強くなってきているものの、またまた休憩に突入。今日も来ないのかなー、下手したらお正月ベビになるのかなー…それまでこの痛いの毎日続くんかい!!なんて思っていた。

 この日は助産婦検診の日でもあった。先週「この日までには産まれそうだけど、念のため予約だけ入れておいてね。もし産まれてなかったら誘発するかどうか考えましょ。」と言われていたのだ。中途半端に痛みがくるのだが、午後の検診の時にはまたまた休憩モードらしくGPまで運転していけるくらいだった。
 GPに行くと、待ち時間がおしてて小一時間近く待つ。そして待っている間に痛み到来。でもまたまた10分間隔。まあ、ココで産気づいても困るのでよかったけど。助産婦からベビの頭はしっかりエンゲージしているし痛みももう一越え!今日明日には産まれるわねーとのお言葉。でも動きが少ないのが気になるので、またまたモニターしに行くことになる。
 車で五分の病院に行って、モニタリングしてってしてたらもうとっぷり日暮れ。最近こんな時間に外に出ないので気づかなかったが、すんごくさっぶい!!!


六時過ぎになって家に到着、ご飯作るベー、と台所に立ったところ5分置きに痛みが来はじめた。とはいえ、今まで痛みが遠のいていくこともあったので、簡単に具沢山スープとパンの夕食を済ませつつ間隔をみてみる。が、やはり陣痛は五分毎で固定している!!
病院に電話すると「じゃあ来て」とのこと。ほんの一時間前には自分で運転できたが、もうそれどこでない!!!のでミニキャブ呼んで病院へ行った。

 キャブ、なかなか来なくって待っている間も痛くてうなっていたくろ。準備は万全にしてあるというのに、こういうときに妙にテンパって焦っている旦那。そして半分眠たいちび助。旦那ママに連絡して病院で待ち合わせることにして、ちび助も一緒に病院に行った。
 もう痛みがくると歩くことができず、ただ固まってしまうことしかできないのにねぇ…痛い波が来ているときに「キャブがきたから早く歩け」だと、この鈍感!!あーたが焦ったって、痛い思いして最終的に踏ん張るのは私なんじゃあ、痛みの波が収まるまで少しくらい待たんかい!!
痛いのと、この痛みの度合いを判ってなさそうな鈍感旦那にブチブチ切れつつ、いっぱいいっぱいのくろ。まあ、この何日か「痛い」と言い続け、波が去っていったので旦那的には狼と少年気分だったのかもしれない。でも、基本的にはやっぱり鈍感だ!!


 病院についても歩くことができず、イギリス式最悪の乗り心地病院用移動いす(車椅子、とは呼べないような椅子+台車のもの)に乗せられる。最初、普通の車椅子のように前向きに押そうとしてくれるのだが、この移動いす、そのように作られておりませぬ。日本でやったら、絶対怒られそうな、そして国試にでてきたら×もらうような「後ろ向きに」引っ張られていく椅子なんだな。痛い上に、後ろ向きに進むのってなんか気持ち悪い。病院玄関で固まっていたところ、友達と喋ってたどこかのおばちゃんがちび助を抱っこして病棟まで付き合ってくれた。いい人だ。

 そして九時くらいに病棟にやっとこ到着、テンパっている旦那はそわそわしているが、お約束的に「そこの待合でちょっと待ってて」と30分ほど待たされる。ってこの頃には時間なんか気にしている余裕はくろにはない。Mr.そわそわ・うろうろが「遅いなー」「まだかなー」「スタッフ喋ってるだけじゃん」などと言っているのが聞こえてくるが、どうでもいいから、早くなんかしてー、うがっ!!
 のほほんと、でっぷりしたおぱちゃん助産婦が「oh,sorry my dear」なんてやってきてやっとこ、個室に入る。デリバリーは混んでいたようでプールの部屋は使えず、普通の部屋に通された。


 普通の部屋、といってもイギリスのデリバリー病棟にある部屋はLDR。ここで陣痛をやりすごし、分娩。その後異常がなければ二時間ほどの観察時間を過ごし、産後の病棟に移動する。ここで、産後のベビのケアもすることになるので設備は各部屋に整えられている。そして、なにかあれば隣接のスペシャルベビーケアユニットに行くことになる。何事もなければ、そのままママに抱っこされてカンガルーケア。ちなみに、分娩台でなくベッド。シーツとか普通のものだな。うーんと昔の記憶、産科実習では分娩台に上がる産婦さんに滅菌した足袋なんてつけていたような…。


 でも、部屋に通されたくろ、水中出産できないことも、もうなんでもよくってとりあえずベッドにはいあがる。
 おばちゃん、モニターを取りに席をはずし、ちび助が興奮してきて部屋の中ぐるぐるして旦那に怒られぐずり始めた。怒ったって、仕方がないじゃんかー、とちび助を怒る旦那に怒るくろ。ベッドタイムだしね、バナナとミルクをあげたらウトウトしはじめたらしく静かになっていったちび助であった。


 そしてモニタリングしはじめて、少ししたところで破水した。そういや、子宮口チェック一回もしてないけどちゃんと開いてるのかなー、と思いつつ「破水した」と言ってものほほんとしているようにみえる旦那とおばちゃんをみて、ああ日本語で話してたと気づくくろ。でも痛くって「water....broken...」とか言うのが関の山だったところwaterだけ聞いて「水飲みたいの?」とか頓珍漢なことをいう旦那・・・あほっ!!
 首振ってシーツ引っ張って、やっとこ気づいてもらえたよ。そして、おばちゃん「あらあら、まだルート取ってないのに…」って。そう、VBACなのでいざ緊急帝王切開になってもいいようにルート確保しておく予定なのでした。おばちゃんが笑気ガスを持ってきてくれて、もう1人がルート確保と採血しにきた。このあたりから、痛みと次にやってくる笑気ガスのおかけで記憶がちゃんぽんなくろ。

 陣痛の波が来たときに、笑気ガスを息が速くなるそのままにバカスカ吸ってしまったくろの頭はあっという間にへろへろ。霞がかかってどよんと重たい。自分の体なのに、自分のものでないような、もう1人の自分が頭の辺りで見ているような変な感覚。指示されることはわかる。でも深く考えることはできず「yes」「no」がいえるかな?くらいな感じだった。そうして二回くらい陣痛がきたところでなにかが(何ってちび太なんだけどさ)ぐううっと、下のほうへ移動する感覚があった。

 ちょうど手背でルートをとったところだったと思う。ルートとって採血するって言われたのは覚えている。そして、次に「ぐおっ」?!とかなんとか唸って、その右手を宙に浮かせて何かつかもうとしたのも覚えている。頭がボケボケしつつ採血していたSHO(多分)が焦ってるのとおばちゃんが「彼女いきんでるわ!!頭見えてる!!」と叫んでいるのが聞こえた。
 ガスでぶっとんでいたくろすけ、おばちゃんから見たら何の前触れもなく、急に分娩進行したようにみえたらしい。

 「ちょっとひざ立てて、足開きなさい!!」とおばちゃん、SHOさらには旦那にまで言われたのだが…。動かせなかったんだよー。みんな怒るような勢いで「don't play」ってふざけとらんわー!!言っていることは判るんだけど、体が言うことを聞かないんだよー。そして、頭の上で聞こえる嫌な音。モニターのアラーム音。ちび太の心音!?なにかあったか? てか、やばいならカイザーでもなんでもしてーとか思っていたらSHOとおばちゃんの声が遠くで聞こえる。「このままで大丈夫なのか?」「いけるわよー、大丈夫」きゃー、踏ん張って早くださにゃ!と思いつつ、何も口にできないくろ。

 鼻からスイカを出すような痛み…と表現されたのをどこかで読んだ気がするのだけど、ガスのせいかそこまでの痛みは感じてなかった気がするし、半無意識というかタガがぶっとんでいきみまくっていた。下のほうの痛いのと熱いような違和感。「もう一いきみ」と言うおばちゃんの声にふんがっ!と踏ん張ったところ、ちび太、でました!!!!

この間、我ながらすごいかも、と変なところで感心したことがひとつ。笑気ガスで頭へろへろしているなー、と自覚しつつも、これを手放したらかなり痛いと危機を抱いているのか、ガスをひと時も離さなかったこと。ちび太をもらって,やっとガスを離したよ。そして、しばらくそのまま抱っこ。



 ただ、脱力。




 「はぁーっ、でたー・・・」




 気がつくと、くろはちび太を、旦那はちび助を抱っこしてほけーっとしていた。私が覚えているちび助はミルク後リクライニングチェアを倒してウトウトしているトコだったんだけど。旦那いわく「誰かさんの叫び声で飛び起きた」とのこと。そんなに叫んでいたと思わなかったけど、寝ていたちび助を起こして泣かせたらしい。そして、またちび助は寝ちゃったんだそうだ。



 こうして、2008年12月30日、22:00にやっとちび太は家族の仲間入りをしたのでした。




© Rakuten Group, Inc.